大判例

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東京地方裁判所 昭和23年(行)86号 判決

原告 全国農村青年連盟 外七名

被告 国 右代表者 法務総裁

一、主  文

原告等の訴は、これを却下する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

二、事  実

原告等訴訟代理人は、「昭和二十三年法律第百八十二号食糧確保臨時措置法第十四條第一項の規定は、無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因をつぎのとおり述べた。

「一、原告全国農村青年連盟は、全国農村における青壯年有志から成る都道府縣農村青年連盟及びこれに準ずる団体をもつて組織し、加盟団体の連絡指導をはかり、農民の民主化促進等の綱領宣言及び決議の実現を期することを目的として設立された社団であつて、農地改革、農村民主化の促進、農業経営の改良、生産の増強、供出の完遂、農村文化の向上その他あらゆる農村問題を取り上げて、眞面目に研究論議推進しておるもので現に百万の盟友を有する。原告連盟の役員である中央委員長は原告連盟を代表する。原告松本太郎等七名は、原告連盟の盟友であり、その属する各世帶は、いずれも事業農家である。

二、さて、昭和二十三年法律第百八十二号食糧確保臨時措置法の立法目的は、「主要食糧農産物の生産及供出を確保するため、公正且つ計画的にその生産数量及び供出数量の割当等を行い、もつて食糧事情の安定を図ることを目的とする。」農業生産の増強、供出の完遂は、全く日本再建途上最も重要視しなければならない課題の一つであり、このときに当つて、原告等農民全員に課された責任は、まことは重且つ大であるといわねばならない。こうした事情の下で、前述の法律が制定された。同法による農業計画は、主要食糧農産物の生産数量、生産者保有量、供出数量(代替供出の範囲及び比率を含む。)又はその生産に必要な肥料、農藥若しくは農器具等の配給数量を定めることになつており、この計画は、中央廳、各府縣、各市町村、さらに各生産者別に順次上から下へと計画され、実施に移される。即ち、農林大臣、都道府縣知事及び市町村長は、中央、都道府縣若しくは市町村農業調整委員会の意見に基き、又はその議決を経て諸般の計画等を定めるが、その計画と実施は、原告等始め全農民にとつても最も重大な関心事である。農民の生活は、戰時中戰後を通じ、努力の継続であり、少しの弛みもなく労働を強要されていることにおいて、他の産業勤労者と異なる特殊の地位に置かれているので、それだけに、農業計画の如何を等閉視することができないのである。

三、前述市町村農業調整委員会委員の職務は、もとより国家的の事務であり、その身分は公務員である点において、農地調整法の定める農地委員と同様である。職務権限も彼此大同小異である。そのなすところは、たゞに農業経営者とせられている者に対するばかりでなく、働く農業從事者全員に一様に影響を及ぼすことにおいても、彼此異なるところはない。ところで憲法は、国民に対して永久不可侵の絶対性を有する権利として基本的人権を保障するが、その一つに参政権があり、その第十五條は、「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」旨を定めている。してみれば、前述の市町村農業調整委員の選挙についても、憲法に定めるとおり、成年男女のすべてに平等に選挙権を興えなければならない。しかるに、食糧確保臨時措置法第十四條第一項によれば、農業調整委員の選挙権及び被選挙権は、耕作の業務を営む者に限りこれを有するものとし、その從事者である家族には、その権利が與えられていない。この点において、農地調整法が農地委員の選挙に関し定めているところ(同法第十五條ノ三)と異なることは、理由の発見に苦しむのである。

四、そもそも、食糧確保臨時措置法第十四條第一項にいう、いわゆる「耕作の業務を営む者」の意義如何は、甚だ不明である。それは、(イ)世帶主をいうか、(ロ)戸籍の筆頭者をいうか、(ハ)実際に農業経営の中心となつて働いている者をいうか、(ニ)耕作者として、農業会又は協同組合に届出をした者をいうか、(ホ)農業從事者全員をいうか、全く不明である。農業経営者としてのこれらの者は、一致することもあるが、しないこともある。また、農業会または協同組合へ届出のある耕作者又は供出者名義は区々であり、且つ、時に一家の復数の場合もある。土地の所有者の名義も区々である。そうして農業從事者中のいわゆる世帶主とその他の成年者との比率は、恐らく一対二以上になつている筈である。

五、今日の農村の実情をみると、その青壯年者が最も新知識を有し、それがあらゆる農業経営の改良と増産への努力をしているのであつて、その経営の中心は、むしろ青壯年者であるといつても過言ではない。しかるに、その経営名義人は、旧來の戸主であつた老人である場合が実に多い。原告等についてこれをみれば、いわゆる耕作の業務を営む者を一人の経営者と解すれば、それは原告連盟百万の盟友の約三割に過ぎず、残りの七割は、その家族であつて、経営者名義となつていない。

つぎに、原告松本太郎(三十八才)の家では、父健治(六十一才)祖母かづ(七十八才)妻たつ(三十三才)使用人岡本福太郎(五十二才)が農業從事者で、そのうち経営者名義は、父健治一人である。原告永井寅之助(三十七才)の家では、父貞藏(七十二才)母カク(六十三才)妻キミヱ(三十二才)弟富八郎(三十二才)妹キクヱ(二十五才)妹タイ子(二十三才)が從事者で、経営者名義は、父貞藏一人である。原告町田包治(二十六才)の家では、父吉太郎(四十七才)母フジ(四十三才)のうち、世帶主は父吉太郎である。原告金子長治(三十一才)の家では父馬吉(五十一才)母とう(五十才)のうち、世帶主は父馬吉である。原告大野都致一(二十九才)の家では、父修愛(五十九才)母てつ(五十二才)のうち、世帶主は父修愛である。原告石渡伊雄(二十九才)の家では、父市太郎(七十二才)母ノブ(七十才)のうち、世帶主は父市太郎である。原告鳥塚清(二十九才)の家では、父母があり、世帶主は父である。しかし原告等は、働き盛りの青壯年として一家の中心となり、経営、増産、供出の一切の責任を負い、農業生産に專念している。それにもかゝわらず、いわゆる世帶主でない原告らは、名義上の経営者または耕作の業務を営む者となつていない。そうした関係から原告らは、その最も関心を有し、且つ利害関係の深い農業調整委員の選挙権を認められていない。原告ら農村青壯年者にとつて、これほど大きな権利の哀失はなく、民主化の叫ばれている今日において、世帶主のみに選挙権及び被選挙権を興えることは、その民主化に及ぼす惡影響も少くないのである。

これを要するに、前述憲法の規定に背く食糧確保臨時措置法第十四條第一項の規定は、憲法に違反するものであつて無効たるを免れないから、その旨の宣言を求めるため、本訴請求に及ぶものである。

なお、被告の抗弁について、つぎのとおり主張する。

六、原告らの本訴における主張は、必ずしも抽象的且つ観念的であるとはいえない。去る昭和二十三年十一月三十日に本法に基く委員の選挙が行われたが、原告らは、その選挙に現実且つ具体的に権利を行使できなかつた。これは、誤つた法律が妨害したからである。旧憲法下において、国民は本來本質的に権利を保有しておらず、憲法及び法律等の定めるところによつてその反射的利益を亨受していたに過ぎない。国民は、これに対して何等の主張ができなかつた。しかるに、新憲法下の国民の権利の概念は、これと全く趣を異にし、国民は生來的に、本質的に、各種の権利を保有する。公務員の選挙権及び被選挙権は絶対に制限又は妨害されないものである。何人も、また如何なる方法でも、これを制限し、妨害することはできない。

七、三権分立は、決して嚴格に分離分立しているものではない。新憲法下における司法権は、本來の司法裁判の外、行政に属する行政裁判をし、立法権への干渉ともいうべき法令審査権を有する。若し、裁判所がある法令の合憲性についての審理裁判ができないとすれば、国民は、政府または議会が積極的に法律を改正しない限り、その権利を行使することができない不合理を生ずる。

八、かりに、本件が抽象的且つ観念的であるとしても、裁判所は、かような事案についての裁判権がないとする考え方は、改むべきである。原告らは、その所属の市町村選挙管理委員会に対し、選挙人名簿への登録を請求し、あえてその却下を待つて、その違法を主張するという迂遠な方法をとらなかつたに過ぎないのである。かような形式にとらわれず、適切な判断を求める。(立証省略)

被告指定代理人は、原告らの訴を却下する、訴訟費用は原告らの負担とするとの判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。

「およそ、三権分立の下においては、司法権は爭のある具体的事件に対し、抽象的且つ観念的規範である憲法、法律、政令その他の法規を適用して、これを裁判する権限であり、憲法第七十六條第一項にいう司法権も正にこの意味である。從つて裁判所法第三條第一項が「裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて、一切の法律上の爭訟を裁判する。」というのも、具体的事件に関しない單なる抽象的又は仮定的な法律上の爭訟を裁判するということではなく、具体的な事件があつてこれに対して憲法、法律、政令その他の法規を適用して判断されるべき爭訟、即ち具体的事件に関する法律上の爭訟を裁判するということである。

司法権が以上の如き権限である以上、日本国憲法第八十一條による裁判所の違憲法規の審査権も、その法規が具体的事件に対して適用される場合において、始めて、その具体的事件に対する裁判を通じて行われるものであつて、具体的事件を離れ、單に抽象的又は仮定的に行われるものではない。從つて又、裁判所は、法規が憲法に違反すると判断した場合においても、その法規自体の無効宣言をする権限を有するのではなく、その法規の適用される具体的な法律行爲又は法律関係の無効宣言又は取消をする権限を有するに過ぎない。

然るに、本件において原告らの主張するところは、昭和二十三年七月二十日法律第百八十二号食糧確保臨時措置法第十四條第一項が具体的事件に適用され、その具体的事件に対する訴訟を通じて、右法律が違憲であると主張するのではなく、具体的事件とは無関係に、右法律が違憲であると主張し、その無効確認を求めるものである。從つて、以上の説明から明かなように、裁判所は、本件において右法律の合憲性について審査する権限を有しない。

上敍の理由により、本訴は、裁判権に属しない事項について裁判を求める不適法な訴であるから、却下されるべきである。」

三、理  由

先ず、本訴請求の適否について判断する。

憲法第七十六條にいう「司法権」の範囲、裁判所法第三條にいう「一切の法律上の爭訟」の概念は、旧憲法下における司法権の意義よりも廣く、民事及刑事の裁判の外、行政訴訟を含みまたいわゆる法令審査権を認められたことは、まことに原告の主張するとおりである。すなわち、特別裁判所の否認によつて統一的な行政裁判所制度の設置が否定された結果、法律に違反する行政に対しては、法律の正当に適用されることの保障は、裁判所がその責に任ずることゝなり、また合憲性を有しない法令は、裁判所においては否定される。この意味においては、三権の一である司法が立法及び行政に対し、牽制的に作用できる面を持つことゝなつたことは、新しい司法の特色である。しかし、このことから司法権が立法権及び行政権に対し一般的監督権を有するものと論断できないことはもちろんであつて、政治が三権分立の基本原理に立つ限り、三権は、それぞれの機能に基く自制を保たねばならない。裁判所に興えられた任務は、本來司法権は、当事者間に権利義務についての爭いある場合にこれに具体的な法を解釈適用するということであり、且つ、それに盡きたるものであつて、如何なる場合にも、その範囲を逸脱することができないのである。裁判所は、ある法令の審査によつて、国会の制定法を時に違憲であると判断することは許されても、それは裁判所を国会の上に立たしめて、指揮命令の権を持たせるものではない。裁判所は、訴訟当事者から権利義務の爭いありとして、その判断を求められた案件において、裁判所としての独自の立場のうちで、自己の判断を宣言するだけであつて、国会に対し、法令の制定改廃を直接実効的に強制することはないのである。從つて、合憲性の判断、換言すれば、国会活動の当否そのものが裁判所のする判断の目的ではなくて、具体的訴訟に適用すべき合憲の法令を発見するという、その任務遂行のために、合憲の法令を適用し、違憲の法令の適用を拒むことの前提として、法令の合憲性を判断しなければならず、またすることができるのである。その結果、ある法令を違憲であるとする裁判所の判決がなされたとき、国会が如何に行動するかもまた、国会独自の立場においてするのである。国会が憲法に認められた裁判所の権能を尊重し、その判決の趣旨に則つて行動することは、判決の直接の効力ではない。しかるに、これと反対に、もし裁判所が具体的な案件を離れて、しかも訴訟の当事者でない国会に対し、その行動を直接規制することができるものとするならば、それは法令審査権に関する司法と立法との不即不離の関係を理解しないものである。要するに、ある訴訟の論点がある法令の合憲性に関係する場合であつても、具体的事件を離れて、抽象的にするある法令の合憲性に関する解釈論爭それ自体は、裁判所法第三條第一項の「一切の法律上の爭訟」という概念に含まれないと解釈することは、被告の主張するとおりである。

原告らは、食糧確保臨時措置法に基く過ぐる選挙において、選挙に参加できなかつたものであり、その意味において、その主張する選挙権ありとの主張は、必ずしも抽象的観念的ではないと論ずる。しかし、原告らは具体的な昭和二十三年度における当該選挙の効力を爭うわけではなく(法律上これを爭うことができるかどうかは別として、)、また、同法は、「耕作の業務を営む者」の外には、農業從事者のすべての者に選挙権及び被選挙権を與えていないことは規定上明かであるから、原告らが同法の規定によつて選挙権及び被選挙権を有することの確認を求めるわけでもない。結局において、原告らの主張は、前示法律を改正して、当該選挙における選挙権及び被選挙権を與えようというに帰著する。從前の立法がかりに合憲的でなかつたとしても、その是正は、明かに立法権の作用に属することであつて、これを要請することは、司法裁判においては許されないところである。それにもかゝわらず、原告らは、裁判所があえてこれを取り上げない限り、憲法に適合しない法の支配を甘受するの外はない不都合を生ずると主張する。しかし、それは原告らの独自の見解であつて、裁判所に対する訴によることなく、他の方法によつて解決すべきであつて、裁判所の本來することができない範囲に属するのである。

以上説明するとおり、原告らの本訴は、その主張する法律の合憲性に関する判断に入るに先だつて、訴提起の要件を欠くものであつて不適法であるから、これを却下するを相当と認め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 中西彦二郎 西岡悌次 山本進一)

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